「わかってないな、、、」
そう言ったのは僕と、三つ歳のはなれた僕の弟だった。
新宿のとあるビルの49階。そこにあるスペイン料理屋に僕らはいた。
母親が上京していたので、家族水入らずのディナーだった。親父は飛行機も人ゴミも嫌いだから当然来なかった。
スペイン産の白ワインとトルティージャ。いろいろなタパス。味はまずまずだった。いや貧乏生活してる僕からすれば、贅沢は言えない味だった。
僕の弟は生粋のアイドルオタクだ。彼がひとり暮らししている家にはアイドルグッズがたくさんある。バスタオルにはアイドルの全身画像がキャプチャーされている。
当然僕の方がはやく生まれたから、アイドルを好きになったのは僕の方が先だった。僕がモーニング娘に熱狂して泡を吹いていたとき、小学生の弟は「兄ちゃん、キモイ」と言い残して、部屋を出て行ったのは、いまだに強烈な印象として脳裏に焼きついてる。
しかし時がたち、立場は完全に逆転した。アイドルのライブに誘ってくるのは弟の役目になった。そして夜な夜なこれからのアイドルについて語り合うことができる仲になったのだ。兄弟の絆っていうのは、こういうことなのか。素晴らしい。
新宿の夜景を一望できる場所で、気づけばアイドルの話をしていた。僕らはもう大人だ。酒を酌み交わし、こういう場所でアイドルの話ができるのだ。仕事の愚痴や恋人の悩み、老後の話をしたってそれは別に構わない。そんなことを話すのは人の勝手だが、それは眼前に広がる新宿の夜景に失礼だと思った。それよりも僕らは、これから先の未来について話をしたかった。アイドルという職業の女の子のはなし。
近況というわけでもないが、最近どう?と僕が聞いた。もちろん最近の学校の話とか恋愛の話を聞いてるわけではない。最近のアイドルはどう?っていう意味だ。
弟「りしゃこだねー」
俺「だよね、俺もりしゃこ」
弟「スマイレージは?」
俺「俺はゆうかりんだな。君は?」
弟「俺は違う。だーわー」
俺「あやちょね。あやちょもいいけどね、常にカメラ目線がちょっと怖いよ」
*ゆうかりん、だーわー、あやちょ・・・スマイレージの前田憂佳と和田彩花のこと
弟「そうかな。ま、スマイレージは最強だよ」
俺「間違いない。とりあえず来年は絶対スマイレージライブ行く!絶対行くよ」
弟「そう、じゃ、さっそく来年の年始にハロプロの総決起集会があるけど、一緒行く?真野ちゃんも出るみたい」
俺「いくいく」
母「あ、あのさ、お話中申し訳ないんだけど、君たちは、なんであんな子供みたいな子が好きなの?しかも兄弟そろって」
俺「え、子供かな〜、高校生だよ」
母「・・・・・。いや、まあ別にいいけどさ、韓国のアイドルの方がかわいいじゃない。なんだっけ、あの名前忘れたけど、、、なんとか時代」
弟「少女時代ね、おかんは中年時代だね」
俺「KARAとか少女時代はアイドルというよりはアーティスト寄りなんだよね。あんまそういうの興味ない。」
母「(まったくこの子たちは・・・)」
俺、弟「わかってないな」
母「??」
俺「日本のアイドルっちゅーのは、あんな韓国から来た整形美人とは種族が違うのですよ。日本のアイドルは未完成な部分を楽しむ芸術でもあるし、成長する記録として、ドキュメンタリー的な要素も含んでいるんだよ。まあ日本の民俗芸能として独自に発展したものだし、世界に通用するとは思えないけど、少なくともコアコンピタンスだから、観光資源にはなるかもね」
弟は黙って頷いていた。
母親はそれから一言もアイドルについて口を挟まなくなった。
ちょうど最後のパエリアが出てきたので、それを食べて僕らは店を出た。
12月の新宿は当り前のように明るかった。クリスマスイルミネーションがそれにいっそう拍車をかけた。地球の外から日本を眺めると、東京の部分だけが、ひときわ輝きを放っていたのをテレビで見たことがある。それはまるで、新婦の薬指にはまった指輪のようだった。
アイドルという商品は、賞味期限が短くて限定的である。女の子を商品としてみるモラルが嫌だ?そんなものがこの世界には本当に存在するのだろうか?僕らは資本主義社会に生きている。今や他人に優しくするのもサービスという無形商品の一部だ。
なぜある店では店員が愛想よく挨拶して、お店の外まで見送ってくれるのだろう。自分の店でもないのに。それは単純に資本のある人が店を構えて(もちろんそれは会社でも構わない)、教育してるからに過ぎない。
シンプルな等価交換。サービスに対して対価を払う。誰でもやっている行為だろう。人間しかやらない、人間だけの決まり事だ。
それらのことと、アイドルの女の子が笑顔を振りまいていることに対して、僕がお金を払うこと。
一体何が違うのだろう。
女の子をモノとしてみているのは、はたして僕の方だろうか。それとも君の方だろうか。
兎にも角にも、2011年はハロプロの年になるといいな。いや、なりそうな気がする。
こないだまでAKB好きだった僕が、そんなことをのたまうようになった。